【日比野コレコ】『ビューティフルからビューティフルへ』を読んだので感想【文藝賞】

文学・書評

日比野コレコさんの第59回文藝賞受賞作、『ビューティフルからビューティフルへ』を読んだ

ので、レビューを書きたいと思います。

日比野さんといえば、現役女子大生で、その若々しく斬新な言語表現で話題となりましたよね。

第59回文藝賞は安堂ホセさんの『ジャクソンひとり』と同時受賞でこちらでも話題になったの

が記憶に新しいです。

さっそく『ビューティフルからビューティフルへ』の感想なんですが、

言葉に勢いがあって、独特な、僕は読んだことのないような小説でした。

作者の若い感性が光り、「絶望をドレスコードにして」とか、

「性根の腐敗は、腐ったリンゴ方式で舌の根にまで及んでいた」とか、

言葉遊び的な、感覚的な表現が最初から最後まで続き圧巻でした。

読んで、これは逆立ちしても自分には書けないような文章だ、と思いました。

作者のコレコさんは自然とこういった表現が出てくる人なんだと思うし、オンリーワン、

既にご自身の作家としての個性を確立されていると思いました。

ではわたくしゴリラは読んで大満足だったのかというと、

実はそこまででもなくて、普通くらいといったような感じでした。

というのもストーリーの展開があまりなく、表現は面白いんですが、

作者の伝えたいことが少し軽く伝わってきてしまったということがあります。

よくいえばポップだった、でもその表現の仕方の軽やかさのためか、軽く感じてしまった

ということです。

ここからは結構ネタバレになりますので、自分で先に読んでから、という人は

先に『ビューティフルからビューティフルへ』を読まれることをおススメします。

というわけで、この『ビューティフルからビューティフルへ』は高校生3人の独白

という形をとっていまして、この3人の独白がテンポ良く切り替わるのと、

軽快で詩的な表現がちりばめられていることから、読み手は若い、新感覚、ポップ、

といった感想を抱くのではと思います。僕はそうでした。

作中にはタイトルそのままの「 ビューティフルからビューティフルへ」という言葉が

出てきてキーワードになっているのですが、死にたがりで自己肯定感の低いナナ

生と死のふれはばの大きい静、自分らしい個性のないビルEの3人の主人公が、それぞれ

この言葉を最後に呟くんですね。このビューティフルという言葉は習い事で3人が通う家に住む、

ことばぁという老婆が3人に与えた言葉でした。

ここからは僕の推測なんですが、作者のおそらく言いたかったことは、美学だったり美意識のことを

言いたかったのではと思います。

高校生といえば多感な思春期です。死にたい、疎外されたくない、自分の個性がないなど様々な

悩みを抱える彼女たちにとって、唯一誰にも譲れない最後の砦として、自分だけの美の感性、

価値観、判断基準、こういったものに最後にすがってしか、人は生きていられない。

こういったことが言いたかったのかなとゴリラは思いました。

ことばぁが3人に、最後は「 ビューティフル 」で締めろ、って言うんですよね。

これは長年生きてきたことばぁが人生から得た教訓を若者に伝えたとも考えられます。

もちろん僕の解釈は間違っているかもしれません。

お読みになった皆様のご意見も伺いたいところです。

そして僕がさきほどいった、作者の伝えたいことが少し軽く伝わってきてしまったということ

なんですが、これはおそらく作者の書き方そのものに起因するような気がします。

よく言えば斬新、キャッチーでポップなのですが、悪く言えば軽い、というようなことです。

諸刃の剣のような書き方がされていると思いました。

あと僕はこの「 ビューティフルからビューティフルへ」の哲学を最後に付け足した感じがあって、

もっとじっくりその哲学について掘り起こしてほしかった感がありました。

でも人によってはしっかり伝わっているのかもしれない、と思うと僕は自信がないわけですが…。

また作者の斬新な表現のスタイルを評価して、☆5満点で☆5評価する人もいると思います。

2023年の10月には『モモ100%』という日比野コレコさんの新刊が出るみたいなので、

追いかけて読んでいきたいと思いました。

『ビューティフルからビューティフルへ』、皆さんはどう感じましたか?読まれた感想や、

僕の感想に対してのツッコミなどなんでもいいので、コメントいただけたら嬉しいです。

では今日はこのへんで。

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