【村上春樹】『バースデイ・ガール』を読んだ感想【短編】

文学・書評

こんにちは、ゴリラです。

今日は村上春樹さんの同名の短編にカット・メンシックさんの挿絵が入ったアートブック、

『バースデイ・ガール』を読んだのでその感想を書きます。

まずどういう話かといいますと、バースデイ・ガールということですから、

誕生日を迎えた女の子が出てきます。

20歳の誕生日という特別な日なのに仕事を休むことができなかったこの女の子が、

少し奇妙で洒落た出来事に遭遇する話です。

短編で、50ページくらいでした。

とても読みやすく、面白く、印象に残る話です。

ネタバレはしてないのでご安心ください。

そもそも村上さんがどうしてこの小説を書こうと思ったのかなんですが、

あとがきに書かれているんですが、この短編を書いたのは、もともと誕生日にまつわる話を集めた

アンソロジーをつくろうと村上さんが思い立って、十編ほどの「バースデイ・ストーリー」を

集めてきて自分で翻訳したらしいです。

でも一冊の本にするには量がまだ足りなかったからそれなら自分でひとつ書いてしまおうと、

それがこの『バースデイ・ガール』という短編を書いたきっかけだそうです。

僕はこの小説を楽しめました。

村上さんの短編ってすごい想像力で、奇妙な世界だし、なんというか滋味のようなものを

感じるんですよね。たとえば僕が好きな短編を上げると、『パン屋再襲撃』、

『象の消滅』、『蜂蜜パイ』などがあります。

この『バースデイ・ガール』も奇妙な話でしたが、実際にあってもおかしくないですし、

なによりも僕は誕生日というものについて考えさせられました。

本編もメンシックさんの挿絵も良かったですが、村上さんのあとがきがとても良かったんですよね。

というのは、これは村上さんがあとがきに書かれているんですが、村上さんは誕生日は

老若男女、善人にも悪人にも訪れる特別な一日と捉えているらしく、それは同時に

誰しもにとって公平だともいうんです。

よく歳をとると「わたしはもうこんな歳になってしまったから、誕生日が来たって

ちっとも嬉しくなんかありません」というようなことを口にする人がいます。

でも村上さんはそのたびに反論するのです。誕生日は歳に関係なく一年に一度の特別な日なのだから、

大事にしなくちゃ、そしてそのたぐいまれなる公平さを祝福しなくちゃ、彼はそう言います。

わたくしことゴリラは30代の半ばなのですが、最近では自分の誕生日を祝うどころか、

誕生日をただ単に「死期に一年近づいたことを確認する一日」と捉えていたふしがあって、

こういうと自分がとても暗く悲しい人間なのではと思うところなんですが、

村上さんとはまさに正反対の、なんのロマンティックさのかけらもない考え方だと

気づかされました。

村上さんはご自身の20歳の誕生日を覚えているといいます。

それだけ若いときから彼の考え方は「誕生日は特別で公平」、とそういう物の考え方だった

のではと僕は推察します。だからこそ20歳の誕生日をいつまでも大切にして、その思い出を

憶えているのだろうと思います。

僕は自分の20歳の誕生日を覚えていません。どこでなにをやっていたか、誰と過ごしていたか、

さっぱり記憶がないんですよね。村上さんがいかに誕生日を祝い、記憶しているかを知った後では、

自分のこの自分自身の誕生日への無関心さが少し寂しく感じられました。

そしてこれからの人生、村上さんの考え方みたく、自分の誕生日を祝ってみるのも

悪くないかもしれないと、そう思うようになりました。

自分の誕生日にはちょっと奮発して、欲しいものでも買ってあげる。

そうやってポジティブに誕生日を祝うことはいいことだと思いました。

本書はサクッと読める短編でしたが、僕にとっては考え方を変えるきっかけの一冊になったのです。

こういうとき読書って素晴らしいですよね。

皆さんはご自分の誕生日を祝ってあげていますか?

もし僕みたいにしていないという方がいたら、たまにはご自分をねぎらってあげるのも

いいかもしれません。

というわけで、あとがきに対しての感想みたいになってしまいましたが、

『バースデイ・ガール』の感想になります。

ではまたね~

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